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手話と有名人

渡辺りえこ

渡辺りえこは、サインシンガーソングライター。元お天気キャスターです。神戸出身。両親ともに耳が不自由なため、生まれながらにして手話に親しんでいました。言葉の1つとして手話を獲得した彼女は、現在サインシンガーソングライター(歌とともに手話で音楽を表現)として活躍中です。

手話で語る大切な言葉

渡辺りえこの略歴

渡辺りえこは兵庫県神戸市にて生まれました。両親ともに耳が不自由であったため、生まれながらにして生活に欠かせない言語として手話を覚えました。

  • 1995年:阪神淡路大震災で被災中に耳の不自由な両親を支える姿が産経新聞一面で報道され、その後TBS、ABCなどでテレビ出演しました。
  • 1996年:福祉映画「ボンバーマン 勇気をありがとう 私が耳になる」の主人公として描かれました。
  • 2000年:路上ライブで活動中、オファーにより神戸大学厳夜祭に出演しました。
  • 2003年:BIGECHOで「エースをねらえ!」主題歌オーディションを受け、大阪代表。web上での人気投票1位を獲得しました。
  • 2005年:震災10年を祈念し、産経新聞一面に掲載されました。
  • 2005年:手話ライブを開始しました。同年、お天気キャスターオーディションに合格し、テレビ出演等でも活躍しました。
  • 2006年:コロムビアよりファーストシングル「目標」でメジャーデビューしました。株式会社九九プラス(SHOP99)の企業イメージキャラクターに起用されました。
  • 2007年:横浜FM放送「頑張れって言わないで」のレギュラーラジオ番組DJに起用されました。music.jpから日本初の手話動画着うたムービーを配信しました。NPO法人“音の羽”のオファーにより自作オリジナル曲「幸せに輝くように」が販売記念着うた配信され、5000ダウンロードを達成し、NECが一回あたり10円を財団法人全日本聾唖連盟に寄付。
  • 2007年:NHK「ハートをつなごう」にて30分間の独占ドキュメンタリー番組に出演。NHK障害福祉小説大賞優勝賞受賞しました。
  • 2008年:「Earthday Tokyo 2008」の手話通訳を担当。Earthday Tokyo 公式HPより配信された無料動画ムービーが万ダウンロードを達成しました。同年ホールライブを各所で開催しました。
  • 2009年:1月、Stickam Japan!(インターネットライブ配信サイト)にて「りえこのNANAME41」のメインパーソナリティーを務めました。同年5月に番組名を「りえこのSignTV」に変更し、放送を再開しました。。毎週さまざまなゲストを招き、日本初の手話バラエティー番組として放送しました。
  • 2009年:7月22日屋久島にて皆既日食をライブ配信しました。

ディスコグラフィー

幸せに輝くように

高村 真理子(1958年 - 2006年5月4日)

高村 真理子は日本の語学教師、ライター、手話シンガー、テレビキャスターです。

高村 真理子の経歴

高村 真理子は、宮城県生まれ。音声言語獲得以前の幼少時から高度の難聴でしたが、ろう学校には通わずに通常の学校(ミッションスクールであったという)で学びました。中学3年生の時に手話話者に出会い、手話を使い始めます。高校生の頃には赤坂などのディスコに通っていたことが、自著『アメリカ手話で世界が広がった!』に記されています。大学時代はサーフィンに熱中していたほか、モデルとしても活動していました。

大学卒業後

大学で栄養士の資格を取った後、2年間病院に勤務。ある日見かけた新聞記事で、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校(CSUN) が聴覚障害者のための情報保障を行っていることを知り、1983年から2年間留学。帰国後、英字新聞社、次に広告代理店に勤務。また帰国から2年後、CSUNで知り合った夫と結婚して一児をもうけています。

エピソード
  • 1995年、聴覚障害者の社会的支援を目的とする社会的企業「WE」を設立。世界各国の聴覚障害者の文化を日本に紹介しました。
  • また並行してNHKテレビ「ろうを生きる 難聴を生きる」のキャスター、筑波技術短期大学(現在の筑波技術大学)非常勤講師、アメリカ手話指導、日本のみならず東南アジアのろう学校での手話ダンス指導、ライター、講演会活動など多彩な活動を展開しました。
  • 映画「バベル」でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされた菊地凛子に、手話やろう者の生活実感を指導したのも高村です。
  • しかし、2006年5月3日、ガンのためアメリカ滞在中に死去。その突然の死は彼女が活動の拠点を置いていた関東の手話関係者に大きな喪失感を与えるものとなり、彼女の追悼イベントには数多くの関係者が詰めかけました。
手話歌・手話ダンス

高村 真理子は難聴者ではありましたが、13歳の時に友人宅でビートルズを(大音量で)聴いて以来、ポピュラー音楽を好んでいて、留学から戻った後には手話歌の歌手としての活動も行うようになりました。自らのグループ「フライングハンズ」「ソウルレインボー」での活動の他、ろう者だけで編成されたアメリカのプロのダンスチーム「ワイルドザッパーズ」を日本に紹介し、プロモーターとして公演やワークショップを何度も実現させました。

著書・訳書
  • 高村真理子『アメリカ手話留学記』径書房、1993年
  • 高村真理子『アメリカ手話で世界が広がった!』日貿出版、2005年
  • ベン・バーハン、ジョー・デニス『ベーシック・アメリカ手話』径書房、1996年
  • ダフネ・グレイ『ミス・アメリカは聞こえない』径書房、2000年
世界に伝えたい

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